米国航空宇宙局(NASA)は、土星の衛星タイタンを飛行するマルチコプター型探査機「ドラゴンフライ(Dragonfly)」が、最終設計審査を通過したと2025年4月24日に発表。今後、製造段階に入り、早ければ2028年7月に打ち上げられる見通しだ。2034年にはタイタンに到着し、異星の空を舞う壮大な探査ミッションに挑む。

  • ドラゴンフライの想像図
    (C)NASA/Johns Hopkins APL/Steve Gribben

ドラゴンフライがめざす、土星の衛星タイタンには何がある?

タイタン(ティタン)は、土星の第6衛星であり、最も大きい衛星だ。直径は約5,150kmで、太陽系の衛星の中では木星の衛星ガニメデに次いで2番目に大きく、水星よりもわずかに大きい。

タイタンは1979年、NASAの探査機「パイオニア11」によって初めて間近から観測され、1980年には探査機「ボイジャー1」も観測を行った。2004年には、NASAと欧州宇宙機関(ESA)の土星探査機「カッシーニ」が詳しく探査するとともに、2005年には小型探査機「ホイヘンス」がカッシーニから分離され、タイタンに着陸した。ホイヘンスは大気や雲、地表を調べ、気温や気圧、湿度の詳細なデータを送った。

さらに、地表の画像撮影にも成功し、地表が小さな氷の粒でできた砂や、凍った雪で覆われており、10〜15cmの球状の氷が点在していることが明らかになった。また、タイタンの地表で聞こえる音も送信した。

ただ、タイタンについてはまだわかっていないことが多い。そして、それ以上に、多くの魅力であふれている。

タイタンは濃い大気を持つ数少ない衛星のひとつであり、その大気は主に窒素のほか、微量ながらもメタンやエタンなどの炭化水素が含まれている。また、メタンは地表に液体としても存在しており、雨として降り、川や湖、海を形成する循環をなしている。とくに北極には、「クラーケン海」と呼ばれる面積約40万平方kmの巨大な湖がある。さらに、タイタンの地表は有機物を含んだ複雑な地形で構成されており、地下には水とアンモニアからなる海が存在すると推定されている。

こうした環境は、太古の地球に似ており、タイタンを探査することで生命の起源に関する手がかりが得られる可能性があるとの期待が高まっている。そのため、NASAはタイタン探査の次なるステップとして、「ドラゴンフライ」の開発を決定した。

  • 2009年に土星探査機カッシーニが撮影したタイタン。右上には別の衛星「テティス」も写っている
    (C)NASA/JPL-Caltech/Space Science Institute

ドラゴンフライがマルチコプター型になった理由。タイタン到着は'34年

ドラゴンフライは、8枚のローターを持つマルチコプター(クアッドコプター)型の探査機だ。機体の寸法は約3.85×3.85×1.75m、質量約875kgと、小型車ほどの大きさがある。

タイタンの重力は地球の約7分の1と小さく、一方で、大気は高密度で穏やかであることから、航空機による探査がしやすい。むしろ、液体の湖があることを考えると、地表を走行する探査車では移動や探査は困難であり、自由に離着陸や飛行が可能なマルチコプターは最適だ。

タイタンは太陽から遠く、また分厚い大気のため、太陽発電が使えない。そこで、多目的放射性同位体熱電気転換器(MMRTG)、いわゆる原子力電池を使用し、リチウムイオン電池に充電してローターを回すモーターや搭載機器を動かす。

タイタンの1日(地球の16日)ごとに1回飛行でき、また1回の充電で約30分飛行し、最大飛行速度は約10m/s、最大到達高度は約4,000mで、数kmを移動できる。3.3年間のミッション期間中に、最初の着陸地点から数百km離れたところまで飛べるように設計されている。

ドラゴンフライにはドリル式のサンプル採取装置が搭載されており、地表の石や砂を採取して有機物の分析や生成プロセスの特定を行う。また、一日を通しての大気や地表の変化を調べたり、画像を撮影して地質学的特徴を分析したり、地震などの地下活動を検出して内部構造を調査したりといった探査も行う。飛行中も探査可能で、大気の分析や地表の航空写真の撮影が予定されている。

ドラゴンフライは2019年、NASAの大型宇宙探査プログラム「ニュー・フロンティアーズ計画」のひとつとして選ばれ、設計が始まった。2023年には予備設計審査に合格し、前述の通り2025年4月24日に最終設計審査に合格。これから探査機の製造、試験が始まる。

打ち上げは2028年7月の予定で、スペースXの超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」を使用。金星と地球でスイングバイをしたのち、2034年にタイタンに到着する。大気圏突入後、耐熱シールドとパラシュートで減速し、ローターで初飛行を行い、赤道付近の「シャングリラ」砂丘地帯への着陸をめざす。

当初、打ち上げは2026年に予定されていたが、NASAの資金不足や、新型コロナウイルス感染症の影響などにより見直しとなった。現時点で、コストは当初の約2倍に増加し、スケジュールは約2年遅れている。

なお、トランプ政権は現在、NASAの宇宙科学予算の大幅な削減を検討しているが、現時点でドラゴンフライへの影響はないという。

  • 飛行するドラゴンフライの想像図
    (C)Johns Hopkins APL

参考文献