5月といえば、日本では「五月病」なんて言葉があり、最近は入社したばかりの新卒の退職代行サービス利用がニュースになったりしていますが、解雇が日常的に起こる米国では逆のケースが見られます。
雇用主世代とZ世代のすれ違い
Intelligentの調査によると、2024年に採用した新卒社員(主にZ世代)について、なんと雇用主の75%が「期待外れだった」と感じ、6割が「解雇せざるを得なかった」と回答しています。
これは、採用決定に関わる966人のビジネスリーダーへの質問から見えてきた声です。そうした経験から、新卒者の採用に消極的な経営者が6人に1人にのぼるという、厳しい現実が示されています。
その理由としては「プロ意識の欠如」「自己管理ができない」「コミュニケーション能力が足りない」「主体性がない」などが挙げられています。さらに、職場環境への適応力や、指示された業務をやり遂げる力に不安を感じるという声も聞かれました。
ただ、これはあくまでも雇用主側の視点です。この問題の背景には「会社への忠誠心」や「滅私奉公」といった価値観を重んじる団塊世代・X世代と、プライベートやメンタルヘルス、ワークライフバランスを大切にするZ世代との、価値観の深いギャップがあるように思えます。
たとえばZ世代の「頻繁なフィードバックを求める姿勢」は、上の世代から見ると「依存的」に映ったり、「カジュアルな態度」が「リーダーシップへの敬意の欠如」と見なされることもあるようです。でもこれは、単なる甘えではなく、コミュニケーションスタイルや働き方に対する期待の違いが生むすれ違いなのかもしれません。
見方を変えると、これは今日の多くの雇用主にとって大きな分岐点です。Z世代を受け入れるなら、彼らの価値観に合わせて組織や働き方そのものを少なからず見直す必要が出てきます。しかしそれは、雇用主世代にとって、これまでの自分たちのやり方を否定するような変化でもあるのです。
けれども、Z世代はこれから社会で活躍する主役になっていきます。2030年には、働く人の約3割がZ世代になるとも言われています。「最近の若者は……」と切り捨ててしまうのは、短期的には良くても、長い目で見たらプラスにはなりません。
Z世代にまつわる話題で4月に密かに注目を集めた生成AI関連のニュース
さて、そんなZ世代にまつわる話題で、4月に密かに注目を集めた生成AI関連のニュースがありました。OpenAIとAnthropicが、期末試験を控えた米国の大学生を対象にそれぞれのサービス利用を促す取り組みを発表しました。日本ではあまり報道されませんでしたが、この動きは時代の転換点を感じさせるものでした。
なぜなら、スマートフォンやアプリ経済、シェアリングエコノミーなど、過去の大きな変化を振り返ると、社会に出る直前の大学生たちがそれらの変化の起爆剤になってきた歴史があるからです。
たとえば、下の画像をご覧ください。2008年にミズーリ大学ジャーナリズム学部の学生が撮影した講義前の教室の様子ですが、当時としては衝撃的な光景でした。
当時のAppleはまだデジタル音楽プレーヤー「iPod」の会社というイメージが強く、前年に発表された初代iPhoneの成功を疑問視する声も多かった時代。「Macはかっこいいけど、仕事はWindowsじゃないと……」というのが常識でした。それが、この教室だけまるで「MacがWindows 95に勝った世界線」のように、MacBookがずらりと並んでいます。
理由はいくつかあります。Appleは当時、「Get a Mac」など、若者に響くキャンペーンを積極的に展開し、学割や「Back to School」プロモーション(Macを買うとiPodが無料でもらえるなど)で学生層への浸透を図りました。
それを入り口に、Unixベースでウイルスに強いといったOS Xの価値が学生に浸透し始め、さらにOSにビデオ、オーディオ、写真編集の基本的なツールが数多く搭載されているのも、ブログなどで積極的に発信し始めた当時の学生に心をつかみました。
こうして、既存のPCの常識にとらわれない大学生たちがMacとOS Xの魅力をいち早く受け入れ、その世代がやがてiPhoneブームの立役者となっていきました。では、そんな大学生たちが新社会人になったとき、デジタルネイティブとして即戦力だったかというと、雇用主からの評価は逆でした。
チームワークやフィードバックを重視し、柔軟な働き方を求める傾向を持つミレニアル世代も、今のZ世代の新卒と同じように、団塊世代などとの間で価値観の衝突を経験しました。
けれども、結果として次第にワークライフバランスや柔軟な勤務時間が重視されるようになり、リモートワークやフレックスタイム制度の導入も試され始め、それがCOVID-19時代の働き方改革の下地にもなりました。
デジタルネイティブ世代であるミレニアルズはSNSやチャットツール、クラウドサービスに抵抗がなく、むしろ積極的に活用し、コラボレーションツールの普及に貢献。フラットな人間関係や頻繁なフィードバックを好むことから、年功序列やトップダウン型のマネジメントスタイルから、コーチング型・メンタリング型のマネジメントへの移行も広がり始めました。
「AIとともに育つ世代」の新しい視点や価値観を理解し、組織の力に変えていく
今、Z世代はその流れをさらに加速させる存在として登場しています。そして、彼らはGPT-3.5時代の頃から他の世代よりも生成AIを活用してきた世代でもあります。
Anthropicが4月2日に発表した「Claude for Education」には、ただ答えを提供するのではなく、学びのプロセスを身につけさせる「Learning」モードが含まれます。同社はさらに、学生が主体的に活動できるアンバサダー・プログラムも用意しました。
Claude for Educationは、OpenAIの「ChatGPT Edu」と競合するプログラムになります。これに対し、OpenAIは翌日に、米国とカナダの大学生を対象に5月末まで「ChatGPT Plus」サブスクリプションを無料にするキャンペーンを開始しました。
大学生はChatGPTを最も利用しているユーザーグループであり、利用頻度が多いと通常の月額20ドルでも採算が危ぶまれるのに、学年度末シーズンにこれを無料にするとは、かなり太っ腹です。
そのほかにも、Google、xAI、Perplexityなども学生向けキャンペーンを展開しており、今や大学は生成AI企業の最前線とも言える“戦場”になっています。
かつてミレニアル世代がスマートフォンやSNSを当たり前のツールとして社会に持ち込み、働き方やコミュニケーションに変革をもたらしたように、Z世代はAIを駆使して、これまでの常識を覆すような新しい働き方や価値創造を主導していく可能性があります。
AI企業がこのタイミングで学生を囲い込もうとするのは、将来の“主役世代”に自社サービスへの親しみを持ってもらい、ネットワーク効果やブランドロイヤルティを育てたいという狙いがあるのでしょう。
企業がAI活用を業務効率化やリスク管理の文脈で捉えがちなのに対し、Z世代の学生たちはすでに生活や学習の質を高めるツールとして、自由で直感的にAIを使いこなそうとしています。
雇用主や先輩世代は、目先の世代間ギャップや価値観の違いから来る摩擦だけに目を向けるのではなく、この「AIとともに育つ世代」の新しい視点や価値観を理解し、それを組織の力に変えていく。そんな視点を持つことが、これからの企業の競争力を左右する、重要な鍵となりそうです。